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先月亡くなった父親から、最後に大切なプレゼントをもらいました

先月亡くなった父親から、最後に大切なプレゼントをもらいました
先月の11月15日父親が亡くなりました(2015年11月15日)。
年齢は70歳で死因は肺がんでした。

父親の晩年 

父親はタバコを1日2箱以上吸うヘビースモーカー。50代前半に脳梗塞で倒れ、それ以降は身体にしびれが残っているようでした。

仕事は脳梗塞で倒れてからは、社員として働く能力がないと会社から判断されたのか、同じ会社で社員からアルバイトとして降格して時給1000円で働いていました。

家族の生活の為、アルバイトでも会社に残って働くことを選択したのだと思います。

頑固者でプライドが高い父親にとっては、同じ会社でアルバイトとして働くのは精神的にきつかったと思います。小さな中古車販売会社でしたが、所長をしていた父でしたので。

そして定年後は身体の痺れが酷くなりほとんど出かける事もなく、たまに家の回りを散歩するだけの生活を続けていたようです。

それが今年の9月の半ば癌が発覚。
ステージ4で体力もないので手術もできず、余命半年と宣告され、それから2ヶ月くらいで亡くなりました。

父親と僕との関係 

週に1回しか休みのない仕事をしていた父親ですが、小さい頃は一緒に釣りにいきました。田んぼの脇の用水路みたいなところが多かったです。
僕が中学生の頃になるとほとんど父親とは話もしなくなりました。一緒に出かける事も当たり前のようになくなりました。

高校になると中途半端にグレはじめた僕。タバコを吸って学校謹慎になったり、バイクの無免許や、他の学校の生徒からお金をまきあげて、恐喝で警察に捕まったりしました。

高校の時の一緒に出かけた記憶といえば、その時行った家庭裁判所ぐらいしか記憶にありません。

ほんと高校生の頃は迷惑をかけたと思います。

その後就職して19歳で自宅を出たのですが、それっきり20年近く父親とは3年に一回ぐらい、たまたま会った時に目を合わせるくらいでした。
父親との関係は、喧嘩しているわけではないけど、ここ20年はほとんど会話もないさめた関係でした。

父親と最後に交わした言葉 

「父親がガンになり、余命半年と宣告された」と、母親から連絡があったのですぐに父親に会いに行きました。

その時母親に言われたのが
「まだお父さんにはガンって告知してないから、とりあえず言わないで」と。

そして病院で3年ぶりくらいに父親と対面しました。

すごく痩せていて脳にも癌が転移している為、言語障害もでていました。
そのため言葉もよく聞き取れない状態でしたが、なんとか会話はできました。

「病院の飯はまずい」とか
「医者が薬の説明をしない」とか

そんな父親のグチを僕は「うんうん」とか「そうなんだぁー」とかうなずくだけの会話が続きました。

30分ぐらいそんな会話をした後、父親は目をつぶり「眠いから寝る」といったしぐさをしました。

そして僕にこう言いました

「俺は、大丈夫だ」と。

この言葉を聴いた瞬間、僕の目から涙が出てきました。

そして「じゃーまたくるね」と最後に父親に言い、僕は病室をでました。

父親は、最後も弱気な言葉を言いませんでした。

父親からの最後のプレゼント 


先日父親の部屋を整理していたらこんな物が見つかりました。僕へ向けたメッセージノート。
普段君づけで呼ばないくせに、「章君へ」とノートに書いてありました。しかもヨレヨレの字で書いてあるんです。

先月亡くなった父親から、最後に大切なプレゼントをもらいました
そして中身を開いてみると・・・・白紙。
一箇所だけ「・」とインクがついていただけ。
これを見た瞬間、涙が止まらなくなりました。
何も書いてないけど、父親の僕への思いが伝わってくる気がしました。
母親や兄宛のノートは見つかりませんでした。

たぶん人一倍迷惑をかけ、ほとんど実家によりつかなくなった僕が一番心配で、何か伝えたかったのだと思います。
中身は何も書いていないノートですが、僕にとっては大切な宝物になりました。

このノートを見るたびに、父親の愛を感じることができそうな気がします。

「お父さんありがとう」と心の中ですが、ノートを見た瞬間つぶやきました。

 最後に 

「生きているうちに、父親に感謝の言葉を言えればよかった」といまさらですが後悔しています。

20歳くらいまでは、僕は父親に感謝の気持ちはありませんでした。
「親だから子供を育てる為、働くのはあたりまえ」
ぐらいにしか思っていませんでした。

ですが社会の厳しさや、仕事を継続する事の大変さを今は知りました。

そして、40年ぐらい同じ会社で働き、家族のためにプライドを捨て定年まで働いた父親の偉大さを感じています。自分にとっては最高の父親だったと今は感謝しています。

「お父さんいろいろありがとう。」

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